前述のとおり、ベンツの第一号車は一八八五年秋に完成し、水平に置いた新規開発の単気筒4ストローク・エンジン(二⊥二馬力/毎分二五〇回転)を搭載したこの3輪車は、発表当時こそ注目されたものの、科学技術界での反応は冷やかなものだった。
例えば八八年発行の、権威ある『ドイツ自然科学イヤーブック』には次のように書かれていた。
「ベンツはまたガソリン車を作り、ミュンヘン展示会でかなりの評判をとった。
しかし、ガソリン・エンジンの採用は蒸気エンジンが路上の走行に適していないのと同じく将来性は薄い」。
ベルタは気性の強さで知られるドイツ女性の典型だった。
それはまさに、今の中古車トラックなどの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。
カールが一八七一年にマンハイムに移り、マンハイム・エンジニアリング社を設立してパイオニアの苦しみを味わっているとき、彼をいつも励ましていたのが、ベルタ・リンガーだった。