2011年7月アーカイブ

前述のとおり、ベンツの第一号車は一八八五年秋に完成し、水平に置いた新規開発の単気筒4ストローク・エンジン(二⊥二馬力/毎分二五〇回転)を搭載したこの3輪車は、発表当時こそ注目されたものの、科学技術界での反応は冷やかなものだった。

例えば八八年発行の、権威ある『ドイツ自然科学イヤーブック』には次のように書かれていた。

「ベンツはまたガソリン車を作り、ミュンヘン展示会でかなりの評判をとった。

しかし、ガソリン・エンジンの採用は蒸気エンジンが路上の走行に適していないのと同じく将来性は薄い」。

ベルタは気性の強さで知られるドイツ女性の典型だった。

それはまさに、今の中古車トラックなどの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

カールが一八七一年にマンハイムに移り、マンハイム・エンジニアリング社を設立してパイオニアの苦しみを味わっているとき、彼をいつも励ましていたのが、ベルタ・リンガーだった。

欧米の男性が、もし他人に"運転が下手だ"などと言われようものなら、その人は自己のパーソナリティと自尊心への最大級の侮辱と受けとりかねない。

自動車の運転は、かつての貴族の乗馬と同じく、昔も今も"男らしさ"を表現する重要な要素だった。

男性が女性ドライバーの不器用さ、カンの悪さをあげつらうのは、男性の特権と考えられてきた分野へ進出してきた女性への、いわれなき(だが無理もない)反感の表れだ、と説く社会心理学者もいる。

初期の自動車の歴史に重要な役割をはたした女性の一人がベルタ・ベンツー言うまでもなく自動車の発明者の一人であるカール・ベンツの妻である。

それはまさに、今でいうところのトラック中古車などの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。