最近のマニュアル車はひと昔前に比べて大きく進化し、昔のようにクラッチが重かったり、クラッチを繋ぐのが難しいということはありません。

「ギアがないと、退屈でやりきれない。だからオートマチック車だとかえって集中力をなくすし、疲れてしまう」という中古トラックの運転手さんも少なくありません。

マニュアル車は渋滞のときに多少面倒なだけで、特別なテクニックなどなくても、誰にでも動かすことができるぐらいに、技術が熟成されています。

しかし、上手にコントロールするためには、さまざまな身体機能を総動員する必要があるのもまた事実です。

そして、「どうやったら滑らかにギアチェンジができるのか」といったことを考えながら運転をするのは、頭にとっても体にとってもとてもいいトレーニングになると私は思います。

マニュアル車を上手に扱うことに楽しみを見つけられたら、それはそれで素晴らしいことです。

さらにいえば、マニュアル車はオートマチック車より平均して10パーセントくらいは燃費がいいものですし、購入価格も安く、経済的にも魅力があります。

とくに燃費がいいということは、「環境保護」に自分もひと役かうことになります。

オートマチック車の簡便さは、ときとして中古車トラックを運転をしているという自覚をドライバーから奪い去り、集中力をプッツリと途切れさせます。

こうなると、事故を引き起こす可能性が非常に高くなります。

頻発するオートマチック車の暴走事故は、まさに「簡便さがもたらす油断」が最大の原因といえるでしょう。

したがって、ある意味ではマニュアル車のほうが、オートマチック車より安全なわけで、これが私がマニュアル車をすすめる第一の理由です。

マニュアル車の運転は、身体機能の衰えを防ぐ第二の理由としては、オートマチック車より複雑な(とはいっても大した違いではありません)操作を要求するマニュアル車は、身体機能の衰えを効果的に防ぐいい刺激になるということがあります。

クルマのオートマチック化とは、本来人間が行なうべき仕事を機械が代行してくれることですが、これはある意味で、人間の機能を退化させていく方向に向いた技術です。

日本ではいま、オートマチック車の比率は75パーセントぐらいですが、ミドル以上に限っていえば、ほぼ100パーセントといっていいでしょう。

たしかにオートマチック車は楽ですが、私はこの傾向はあまりいいとは思いません。

マニュアル車はオートマチック車に比べて煩雑で、4本の手足をフルに使う必要があり、渋滞している道路では面倒です。

けれども、次に述べる2つの理由から、私は年をとってきたら、なんとなく走ってしまうオートマチック車より、むしろ「走る、止まる、動力を切る、動力を繋ぐ」といった操作がはっきりと自覚できるマニュアル車に乗ることをおすすめします。

よく「クラッチ操作が省略され、ハンドル操作に集中できる分、オートマチック車のトラック中古車はマニュアル車より安全だ」という人がいますが、私はこの説に真っ向から反対です。

それならどうして、オートマチック車の暴走事故が相次いで起こるのでしょうか。

この考え方はただの机上の空論で、運転とはそんなに単純なものではありません。

ぜひ知っておいてほしいのは、シートカバーがもたらすデメリットです。

出来がいいにしろ悪いにしろ、自動車メーカーは中古トラックのシートを開発するにあたって、面圧分布や滑りにくさ、ホールド性、通気性といった機能と、そして見栄えを懸命に考えます。

ところがシートカバーは、そういったことをすべてだいなしにしてしまいます。

なぜ多くの人がシートカバーをつけたがるのか、私は不思議です。

シートを汚さないためなのかもしれませんが、ひどく汚れていなければ売るときの査定は変わりませんし、見た目にもいい趣味とは思えません。

応接間のソファにレースのカバーをかけるという古い習慣がいまだにクルマの世界に残っているのはなんとも奇妙なことです。

強いて効能を挙げれば、次にその車を買う人に喜ばれることぐらいでしょう。

ちなみに、先進国でシートカバーがこれほど普及しているのは日本だけです。

前述のとおり、ベンツの第一号車は一八八五年秋に完成し、水平に置いた新規開発の単気筒4ストローク・エンジン(二⊥二馬力/毎分二五〇回転)を搭載したこの3輪車は、発表当時こそ注目されたものの、科学技術界での反応は冷やかなものだった。

例えば八八年発行の、権威ある『ドイツ自然科学イヤーブック』には次のように書かれていた。

「ベンツはまたガソリン車を作り、ミュンヘン展示会でかなりの評判をとった。

しかし、ガソリン・エンジンの採用は蒸気エンジンが路上の走行に適していないのと同じく将来性は薄い」。

ベルタは気性の強さで知られるドイツ女性の典型だった。

それはまさに、今の中古車トラックなどの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

カールが一八七一年にマンハイムに移り、マンハイム・エンジニアリング社を設立してパイオニアの苦しみを味わっているとき、彼をいつも励ましていたのが、ベルタ・リンガーだった。

欧米の男性が、もし他人に"運転が下手だ"などと言われようものなら、その人は自己のパーソナリティと自尊心への最大級の侮辱と受けとりかねない。

自動車の運転は、かつての貴族の乗馬と同じく、昔も今も"男らしさ"を表現する重要な要素だった。

男性が女性ドライバーの不器用さ、カンの悪さをあげつらうのは、男性の特権と考えられてきた分野へ進出してきた女性への、いわれなき(だが無理もない)反感の表れだ、と説く社会心理学者もいる。

初期の自動車の歴史に重要な役割をはたした女性の一人がベルタ・ベンツー言うまでもなく自動車の発明者の一人であるカール・ベンツの妻である。

それはまさに、今でいうところのトラック中古車などの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

そのためには周囲との調和を絶対に乱さず、多数のクルマや中古トラックが流れるなかで、できるかぎりクルマを滑らかに動かすことが大事です。

そして、そういう運転ができるドライバーは、周囲に「ダテに年はとってないな」と思わせます。

年齢を積み重ねるというのは、ある種の気負いをなくすことです。

私にしても、カッコよく走ろうという意識はずっと持ち続けていますが、年齢とともに、これみよがしの荒っぽい運転から、精神的なゆとりが生み出すスマートな運転へと、カッコいいと思う運転の内容が大きく変化してきました。

そしていまでは、肩の力を抜いて滑らかに運転することが、私の運転スタイルの基本になっています。

そんな意識改革を比較的早い時期にできたことが、長い運転生活のなかで、1度も大きな事故を起こさずにすんだことにつながっていると思います。

周囲の流れを無視して、ノロノロと走っているクルマをよく見かけます。

そんな「わが道を行く」ふうの運転をしているのは、心なしかミドル以上か女性が多いようです。

しかし、これでは「オジサンや女は運転なんかしないほうがいい」と思われてしまうのがオチ。

だからといって、急な車線変更をしたり、割り込みをするようでも「年がいもなく下品だなあ」と思われてしまいます。

「年をとったから周囲を気にせずゆっくり走る」という消極的な考え方には賛成できませんが、それ以上に、年をとっても勇気に頼るような運転を続けているドライバーは、恐ろしく危険です。

ある程度の年齢を迎えたら、これまで積んできた経験をフルに生かした、スマートな中古車トラックの運転をするべきだと、私は思います。

「ロサンゼルスで問題になっているホトケミカルスモッグについては、欧州では米国と気象条件などが異なり、発生の恐れはない、という点では各国の意見は一致しており、このため、HCの規制は必要ないという考え方が支配的だった。

欧州では、目に見える黒煙、臭気、騒音など感覚的なものについて敏感で、特に英国はガソリン車はなんらの規制をしていないにかかわらず、ディーゼルエンジンの黒煙や騒音については厳しい方針をとっているように感じられた。

欧州における自動車による大気汚染に対する規制は、米国に比べて一般的に極めてゆるやかである。

特に英国においては、ほとんど規制らしい規制はないといってよい」

今の日本は中古車トラックですら黒煙を上げて走るなんて事はありませんね。

「今回の調査によって、直ちにわれわれが採用し得るような、技術的に優れ、かつ経済的にもリーゾナブルな新技術は発見されていないことも明らかになった。

しかし本調査団一同は、今後とも世界的規模で視野を広め、日本の環境、社会的・経済的・技術的条件に適合した自主的な基準を速やかに確立することに努力を重ね、生活環境改善のため企業に要請されている社会的責任を果すことが必要である、との結論に達した」

「日本でも最近の大都市のスモッグに同じような理由があるのではないかと疑われているので、本調査団は日本の資料をハーゲンシュミット博士に提出して意見を聞いた。

日本のスモッグは太陽光線の弱い冬期に多いことから、むしろロンドン型の霧と煙によるスモッグだと思われるからである。

ハーゲンシュミット博士はほぼわれわれの見解と同意見であったが、なお今後の研究について多くの示唆を得た。

ロサンゼルスでは炭化水素の規制を強めることによって窒素化合物を多発し、スモッグ防止には効果がなかったことが分り、この規制の方法について研究を続けている」

スモッグが問題のなったのはロサンゼルスですが、車のあるところではスモッグが起こっていました。

今の日本は中古トラックも規制されていますが、当時は全ての車が排ガスを撒き散らして走っていたのです。